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広報の方からお知らせがあり私が書いた「風のたより・伏見」がおおむね好評と
知って嬉しく思っています。
伏見のことでもう一つお知らせしたいことがあります。
伏見には大きな敷地を有する公共施設(大学、科学センター、国立病院など)があります。
これらは伏見が明治からは軍都として栄え大規模な陸軍第十六師団が有った所で
その敷地跡につくられたものです。
軍統帥権がある明治天皇の墓が東京でなく伏見にあるのもこれが一因だと思います。
それなのに先の戦争で伏見・京都は大規模な空襲を受けなかったのです。
それはアメリカが京都の歴史文化を尊重したためと聞かされてきました。
しかし、戦後アメリカの公文書が明らかにされて分かったことですが
京都は原爆投下の第一候補地だったのです。そのために原爆効果を
測量するため空襲を控えていただけなのです。(歴史学者吉田守男氏の研究による)
京都が候補になった理由は地理的条件(盆地、人工密集、)と天皇家の聖地でも
ある京都を破壊することによる心理的条件そして軍都がある伏見への戦略的条件
があげられます。これほど最適なところはなかったのです。
しかし原爆投下が準備された時はすでに日本は海軍は崩壊、陸軍も瀕死の状態で
戦略的に日本を破壊することより占領後の日本を考え天皇制の維持により
円滑な統治を考えるようになり反米意識を作らないため日本人の精神性の支柱である地、京都は
原爆投下をまぬがれました。
第二候補の広島そして長崎に立続けに原爆が投下されたのは
原爆の効果データーの収集とソ連への威嚇で
原爆投下によって戦争が早く収拾したと言われたのは後のこじつけです。
アメリカは原爆投下までに日本に降伏されては困ったのです。
アメリカ議会が日本の従軍慰安婦のことを取りあげましたが
原爆実験の地として多くの日本の非戦闘員を消し去ったことと
どちらが多大な人権侵害なのでしょうか
歴史観はいつも強い方の視点で語られるもので
まさに今流行り偽装の産物なのです。
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